「あら、いらっしゃい。今日はどんな御用かしら?
 ・・・なるほど、酒の肴に何か面白い話が聞きたいのね。
 わかったわ、そんなに言うんだったら、とっておきのお話、
 してあげる。ただし、ちょっと値が張るわよ?・・・そうね、
 まず、これから話す話は、御伽噺だと思って聞いてね?」
女は笑むと、客の向かいの椅子をひいて座り、肘をたてた手に
顎を預けた。これからが本番の時間帯の筈なのに、知る人ぞ
知るゆえに客はまばら、夜の闇に融けて静寂にひたるこの酒場で、
女は艶やかな唇から詠うように物語をこぼし始めた。

あかときのうた。夜明けの刻まで、今しばらく、お付き合いください。

はじまり、はじまり。




 あかときのうた。 1.出会う


『俺』が国境を越えてしばらく経った。
馬も馬車も使わないで徒歩での旅だから、目的地までの時間が
かかってしまうのも仕方がないことで、今では一人旅にも慣れた。
所持金が無いわけでもないし普通なら長距離の移動に馬車を使うのは
当たり前のことだけれど、自分にはそうできない事情ってものがある。
幸い森歩きには元々慣れていたし、この国の深い迷路のような森もなんとか
なりそうなので特に自分の状況に不満はない。
地図によれば自分が目指す場所まであと一日で到着できそうだ。
・・・到着は。


(案外しつこい。いい加減やめて欲しいんだけどな・・・)


さかのぼること半月、それはまだ国境を越える前の出来事だった。
その時点ではまだ確証がなかったけれども、どうも何者かに目をつけられた
感じがあった。女性が連れ立ってたり、あるいは自分のように
一人で旅をしていると、『そういう類』の連中には狙われやすい。
だからって無理にそういうのに付き合ってやる必要もないわけで、
目立つのは嫌だったのもあり、彼らを近くの森で撒いた。
そうして細心の注意を払って国境を越えたのだけれども・・・
どうやら彼らは諦めてはくれなかったらしい。一定の距離を保ちながら、
この半月ずっと自分を尾行している。まるでこちらが疲れるのを
狙っているかのようだ。狙いはなんだろうか。ただの物盗りであればいいのに。


(とはいえ、何者でも、これ以上は迷惑ってことで)


このままではこれから向かう場所に迷惑をかけかねない。そういうのは嫌だ。
全く関係ない人を巻き込むのは自分の本意ではない。
・・・今回会いたい人物に関しては別なのだが。


(助けを求めに、行くわけだし・・・)


兎に角今尾行してきているやつをなんとかしなければ始まらない。
この迷路のような森だ、いくらでも有利に戦える。
余った干し肉をしまい焚き火のあとをかき消して、俺はそいつらが
狙いやすいようわざと隙を見せながら村とは違う方向に向かって進んだ。
・・・着くのは明後日になりそうだ。
目深にかぶった帽子を、もう一度かぶりなおして俺は思った。


次の日、予想通り距離をとっていた気配がくいついてきた。
昼の食事の用意をする振りをしながら、袖の中に隠していた
折りたたみ式の武器をいつでも取り出せるように構える。


(気配は・・・二つかな?)


半月尾け狙って来たにしては小規模な気がする。
まあ、人数が少ないに越したことはない。そのほうがこちらも楽だ。
一気に追いついてきた気配がすぐ後ろの茂みまで近づき、


(きた!)


ガサッ、と、草と草が盛大にこすれその間から飛び出してきたのは
体格のいい二人の男。飛び出してきた勢いをそのままに既に所持していた
ナイフを突き出そうとしている。
数歩あとに迫った彼らの気配を確認した後、自分は先ほど場所を確認しておいた
後方の樹の枝に飛び上がった。間髪いれず、すぐさま飛び降りる。


「は!?」

「なっ!」

(大正解)


袖から取り出した武器は既に自分の身長相当の細長い棒に姿を変えて、
着地様、それをを全力で真一文字に払った。
振り返るだけで手一杯だった追っ手のうち一人の横っ面に
全力で打ち込んで、そのまま地面に叩きつけると、みし、と
鈍い音が響く。・・・死んではいないがしばらく目覚めないだろう。


(まずひとり!)


相方が叩き伏せられたのを見て激昂した残りの一人が
何事か喚きながら腰元の長剣を抜いて振り回してくるのを
姿勢を低くして避けて、そいつの足を拾う。
バランスを崩して倒れこんでくる残り一人の顔面めがけて、
思い切り棒を叩きつけた。男の折れた歯が少し飛んだ。


「ぶっ・・・て、てめえ、こんな、」

「こうでもしないと、あなた方は止まってくれないように
 見えましたから。ごめんなさい」


倒れこんだもののまだ意識のある・・・無精ひげの濃い男だ、
そいつの傍に片膝をつけて顔を覗き込む。


「あなた方は、盗賊ですか?これにこりたら、もう俺のことを
 追わないでください。こちらにも色々と事情があるので
 今回のようなことは困るんです」

「・・・ふぅん、そうかい。急ぎの旅かい?」

「ええ、出来ることなら」

「そうかい・・・じゃあもう急がなくても、いいぜ」


ふいに倒れたままの男の唇の端がにやりと持ち上がった、
その瞬間、今までなんの気配も感じなかった筈の背後から唐突に、
まるで爆発したみたいに気配が生じたのに気付く。弾かれたように
振り向いたときには既に短剣の切っ先が真っ直ぐこちらに向かって
振り下ろされていて、何か言おうとした喉が空回りしたようなしたような、ひゅ、
という音だけはやけに鮮明に耳に届いた。伏兵がいた!


「てめえの旅はここで終わりだ!!」


無精ひげの男が叫ぶ。鈍い銀のきらめきが目に飛び込んでくる。
無意識に握り締めたのは両の拳、胸に浮かび上がるのは後悔だ。
外では片時も油断など出来ないことを、『あのひと』から何度も
聞かされていたはずなのに。
何よりこんなところで死ぬわけにはいかないのに!
目を閉じることも出来ず避けることも出来ず短剣が迫る
様子が極限まで遅く見えたそのとき、またこれも唐突に
声が響いた。


「あんたぁ、伏せるったいーーー!!」


頬に張り手をくらったかのようだった。急激に目覚めた感覚に
鞭打って、必死にその場に伏せる。短剣を持った男は第三者の
その声のあまりの剣幕に一瞬動きを止めてしまったようだ。
そして、次の瞬間には視界に、くすんだセピアと藍色が
飛び込んできた。


「ったあああああああああああ!!!」


どが。
飛び込んできた勢いそのまま、声の主は短剣を持った男を
蹴り飛ばした。蹴られた男はそのまま吹っ飛んでいって
すさまじい勢いで木の幹に叩きつけられ、あえなく昏倒する。
よくよく見ると・・・泡をふいてる。当たり前か。あの勢いだし。
伏せたままだった自分は、よし、と呟いたその第三者を見上げる形に
なった。男が動かないのを確認したのか第三者・・・女の子だ、も、
こちらに視線を移した。

目があった瞬間、思わず息を飲んだ。彼女の目がいつか見た宝石の
色をそのままうつしとったような、深い深いきらめきだったからだ。
そして何よりその色に、眩暈のような既視感を覚えて、・・・そう、
何故だかわからないけれど、ものすごく懐かしいよう気がする。

言葉を失っているそんな自分を呆然としていると見たのか、目の前で
ひらひらと手を振りながら、女の子は尋ねてきた。


「あんた、大丈夫だったと?」

「あ、はい、・・・ありがとうございま」
「無事ならよか!詳しか話は後で聞くち、とにかく逃げるとよ!」

「え、あの、・・・えええええ!!」


二の句を告がせないとはこのことだとばかり、彼女は問答無用で背中の下と
膝の裏に手を入れた。自分はあっと言う間に抱えあげられて、ぐんと周りの景色が
動いた。ものすごい速さで後ろに流れていくのをみて、ようやく彼女が自分を
抱えて走り出したことに気付いた。彼女は人一人抱えているというのに、
なんてことがない様子で森を走り続けていく。
何がなんだかわからなくて、必死で自分を抱えている女の子に
つかまりながら問いかけようとした。


「あ、あの、あの!!」

「しっ!しゃべらんで。あの場にまだ何人か潜んでた奴らば
 撒くち、とりあえずこっから離れるったい!」

「!」


つまり、あの場にはまだ追っ手がいたということだ。自分は全く
気付いていなかった。自分を追ってきたのはあの二人だけだったと思っていたのだ。
まさか、あの二人は囮だったのだろうか。気配をわざと気付かせておいて、
他の伏兵が密かに俺を狙っていた・・・?そんな手の込んだ追い方は。


(あいつらは『追っ手』だった?・・・まさか)


本当に追っ手だったら盗賊なんて使わない。あちら側は追跡のプロに
事欠かないはず・・・。大丈夫。心の中で言い聞かせ、もう一度
自分を抱えている(・・・お姫様抱っこ・・・?)娘を見上げた。
少女とも、女性ともつかない真ん中の年頃。自分より少し下くらい。
唐突に現れた彼女だが、疑いの気持ちは少しも浮かばなかった。


(森が、彼女に道を開けてくれている)


それならきっと大丈夫。森は決して悪い人には力を貸さないのだから。


国を、逃げた。
嵐の中に父と母を置いて。
多分残って一緒に戦うことも出来たのに。
でも自分は弱い。ひとりだけじゃなにもできない。
だからどうか助けて欲しい。それを『ある人達』に言うために
自分は国を出たんだ。


「あの」

「ん?」

「あなたのお名前は?」

「あたし?あたしは・・・サファイアったい」




修正up2009.1.10

   




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