「・・・え?」

思わず耳を疑って聞き返す。もう一度聞いて返ってくる
答えは一緒で、彼女は『サファイア』と名乗った。
怪訝に思ったのか、首を傾げる彼女には申し訳なかったが、
あまりのことにちょっと自分はいっぱいいっぱいになっていて
フォローしようがなかった。だってまさか。

(こんな偶然って・・・)

だってまさか。
自分が会いたかった人物の、そのうち一人が、助けてくれる、なんて。


   あかときのうた。 2.告げる


「すいません。助けていただいた上、こんなにお世話になるなんて」

「気にしないでください、『ランス』さん。彼女が色々連れて来るのには慣れっこですから」


最も彼女は人間も動物も見境ないですけどね。そう言って笑うのは、
先日自分を助けてくれたサファイアが住んでいる家の主である少年で、ルビーと言った。
彼女の瞳が藍色であるならば、彼の瞳はその対をなすような紅をしている。
予想はしていたけれど、ルビーさんはサファイアさんと同じく、やはり自分の探し人だった。
自分はどうやら、あの後気を失ってしまったらしい。
ルビーさんから聞いた話では、サファイアさんが、眠っている間の自分が
ぴくりとも動かないので、死んでしまったかと本気で心配したとのこと。
・・・ここ数日、尾行してくる連中を気にしてちゃんと眠ってなかったからなぁ・・・。
木製のベッドに身を預け上半身を起こし、ルビーさんの持ってきてくれた
ハーブティー、疲れをとるのを助けてくれるやつだ、それをありがたくいただいた。


「あの、ルビー、さん。サファイアさんは・・・」

「サファイアならすぐに戻りますよ。多分」

「多分・・・?」

「彼女、限度を知らないですから、うっかり引き際を見損ねると
 夜まで帰ってこないんです」


ルビーさんは楽しそうに笑いながら、それでも夕飯までに帰ってくるだけ以前より
マシなんですよ、と言った。何か大事な用なのでしたら呼び戻しましょうか、
と問いかけられたので、とんでもないと首を振る。


「あの、俺、ただ、まだお礼も出来てなくて。それだけです。
 彼女が帰ってきてからで充分です。彼女に用事があるならそれを
 優先してください」


自分がよほどあわてた顔をしていたのか、ルビーさんがまた少し笑った。


「もう少しくつろいでもいいですよ。
 この家にいる間は、少なくともお互い他人じゃありませんから、
 僕たちに余計に気を置く必要はないんです。体力が回復するまで
 ゆっくりしていってください」


ただ、僕たちがここに住んでいるということは他の人に話さないでくれると
ありがたい。それだけです。ルビーさんはちょっと困ったような笑顔で
言った。それに自分は首を傾げる。彼はそんなこちらの様子には
気付いていたけど、気付いていない振りをしているようだった。
・・・きっと、話したくないことなんだろう。もしくは、話してはいけないこと。
その時、玄関の戸が騒々しく開け放たれた音がして、思わず驚いた。
追っ手かもしれない、と思ったからだ。そうして無意識に肩がはねて
しまったところを見たからだろうか、ルビーさんが大丈夫だと言ってくれる。


「サファイアです」

「サファイアさん??」

「ランスさん!」


そしてまた豪快に、今度はベッドがあるこの部屋の扉が開け放たれた。
その向こうにいたのはルビーさんの言ったとおりサファイアさんで、
何故か彼女は泥だらけなうえ、脇に大きな籠を抱えて仁王立ちだった。
そんなサファイアさんの様子に全く驚く様子もなくルビーさんは彼女の
抱える籠の中をのぞいて感心している。


「おかえり。早く帰ってきた割にいっぱい採れたね」

「また新しくいっぱいあるとこば見っけたけん、ちょっとずつ
 採ってきたとよ。ランスさん、これば食べて元気になり!」


ずいとすすめられたそれは果実で、籠の中土がついているものとは別に、
既に水で洗われてキラキラと光っていた。自分が元いた国では見かけなかった
形だったが、甘く熟した果実の香りに食欲をそそられる。言葉に甘えて
一口かじれば、ぷつ、とさけた果肉の間から果汁が吹き出て喉を潤した。


「・・・美味しい・・・」

「森の奥で元気よく育っとったから、きっとランスさんも食べれば
 森の元気ばもらえるったい。まだまだあるけん、食べたくなったら
 食べり!」

「・・・わざわざ俺のために採ってきたんですか?」

「?そうとよ?」


何を当然なことを、みたいな様子でサファイアさんは首をかしげた。


ふと、ああやめよう、と思った。
自分の目的は、二人に会って、二人に助けを求めること。

(そのために俺はこの国にきた。だけど・・・)

だからこそ、話すわけにはいかなくなってしまったんだ。
こんなに静かに暮らしている、こんなにいい人たちのことを、
巻き込むことは出来ない。
今なら『ここ』での『俺』は『ランス』で、それ以外の何者でもない。
それが保たれているうちに、早くここを去ろう。


「どうかしました?」

「いえ。・・・果物とか、ありがとうございました」


そのあと会話を少し続けて、まだ疲れているから眠る旨をなるべく
自然に伝えた。まず体力を取り戻す。それからだ。








「色々訳ありそうに見えるね」

ランスさんが眠るというので、僕たちは寝室から出ていた。
採ってきた木の実や果物をテーブルの上に置いて、サファイアは椅子に座る。
その表情はどこかさっぱりしていない。
サファイアと彼が出会った状況に関しては、彼女が帰って来たときに
取り急ぎ大まかに聞いた。そのあとはお互い看病だったり採取だったり
ごたごたしていたが、ようやく落ち着いて話せる。


「で、気になることがあるんだよね?」

「そうったい。普段やったら、別に気にせんけど。
 ・・・嫌な予感ばっかりするけん、見てほしか」

これ、とサファイアが差し出してきた物を受け取る。

「・・・・・・」

「ランスさんば追ってたの、盗賊だけじゃなかったったい。
 気合が違っとうもん。そいつらが落としたんやけど・・・
 何かわからん?」

手のひらに乗るサイズのワッペンのようなものだった。
おそらくサファイアが盗賊ではない『それら』と戦ったとき
落ちたのだろう、何か刺繍がしてある。
この紋様には見覚えがあった。
この森に暮らし始めてからではない。遠い昔、あの全ての始まりと
なったこの国の城の自分の部屋で。確かに僕はこれを見た。
そしてこれが何を示すのか、今でもはっきりと覚えている。
それに・・・『彼』の、髪の色。これらが導く答えは・・・。

(・・・なるほどね)
「・・・サファイア、これをもってた奴らのこと、
 もう少し詳しく覚えてないかい?」







「見間違いはないな」

時同じくして。
とある国、とある城、とある部屋で、背の高い青年が
目の前にかしずいている伝令に問いかける。伝令は
間違いありません、と答えた。


「太陽の色を髪に纏うのは我が国の王族のみ。
 帽子を深く被ってはいましたが、垣間見た髪の色は
 確かにそれと見受けられます」

「では早急に隊を組め。少数精鋭だ。いいか、場所は
 隣国。決して騒ぎを気取られるな。面倒だ」

「は、確かに」


それともうひとつ、と伝令が付け加えると、青年の瞳が
わずかに見開かれた。まさか、と音を紡がず口がかたちを造る。


「『あの方』が求めていた『色』が、見つかったというのか!?」


俄かには信じられない、しかし本当に求めていたものが
見つかったその歓喜に青年の身体は震えた。
長きにわたり求めていた、『あの方』が求めている色。
きっかけは、隣国の森の一部が消失したという事件だった。
しかしそれ以来、なんの痕跡もなく捜索は難航していたのだ。


「その『色』は、まさしく『あの方』の仰る色であったか?」

「見間違いようもありません。あの『色』の瞳でありました」


なんという幸運か。逃亡者を見つけるため盗賊に紛れ込ませていた
『網』が、こんな大物までも引っ掛けるとは!!


「行け。その人物も捕獲対象とする。無傷で、丁重にお連れしろ」







日常は、些細なきっかけで砂になる。当たり前と思っていたそれは
簡単に非日常へと変化する。数年の間、何事もなく過ごすことが
できたのはきっとある意味で奇跡だったのだろうと思う。
けれど、時はきた。大きな流れが動き出そうとしている。
漠然とした感覚だったけどそれは確かだった。

「サファイアの存在に気付いて、狙う者が現れる」

思い出される、クォーツの言葉。
始まりは既に、僕たちの前に姿を現した。


「ランスさん、大事なお話があります」


帽子を深くかぶり、髪を完全に隠した『彼』は次の瞬間小さく息を飲んだ。


「『貴女』は『参の国』第一王女、『イエロー・デ・トキワグローブ』。違いますか」




修正up2009.1.10

   



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