「・・・ご名答です。弐の国の正統なる王位継承者、ルビーさん」

そちらの立場を明かさないのはフェアじゃありませんよね。
それまで持ち合わせていなかった不適な笑みで、『イエロー』は
ルビーに笑いかけた。


   あかときのうた。 3.明かす


驚いた。まさか隣国とはいえ、つい数年前まで断絶されていた
国の王族のことを知っているとは。

僕やサファイアが住んでいるこの国は弐の国といって、大陸のちょうど
真ん中にある国だ。数年前のとある事件のあと国は変わり始め、
現在では周りを囲む山を切り崩して正式な関所をつくり、各国からの
物資や人の行き来を受け入れるようになっているのだ。
いまだ残る細かな問題は省くが、この国はやっと落ち着きを
取り戻してきている。
そして弐の国の東に位置し、大陸一の国土を誇る大森林国家、
・・・それが、参の国。
まさにその参の国の王女であるイエローは、動揺をひとつも
感じさせない様子で尋ねた。

「何故僕が王女だとわかったか、伺ってもいいですか?」

「帽子で隠されてましたが、運び込まれてきたとき
 一度だけ髪の色を。『太陽の如き金糸を冠するは参の王、
 森深き聖なる場所に国を、豊饒の大地を築いたり』。
 大陸に六つの国が出来たときの歴史書に書いてありますね。
 それがひとつ」

「もうひとつは?」

「貴女を追っていた者たちの中にこのような輩がいたようですよ」

サファイアが手に入れたワッペンを渡す。盾の形をしたその中心に大樹が
あしらわれ、赤と緋色で縁取られた紋章だ。イエローは渡されたそれを
まじまじと見つめ、嫌な予感が当たったとでもいうように眉を八の字にする。

「参の国の軍所属のものが所持する紋章で間違いはありませんか」

「間違いありません。やっぱり軍の関係者が混ざっていたんですね・・・。
 そう思いたくはありませんでしたが」

もしかしたらここも数日のうちに見つかるかもしれません。
神妙な声音でしかし焦りは全く見せずイエローは言うが、膝の上に置いた
手は握りしめられて白くなっていた。焦りだろうか。悔しさだろうか。
いずれにせよ、このままでは情報が少なすぎて動きようが無い。

「失礼ながら申し上げれば、こちらにも色々と事情があります。
 僕たちを巻き込むだけの、納得できる説明をしていただきたい」

「当然の権利ですね」


ふたりがそんなやりとりを続けているとき、イエローを助けつれてきた張本人である
サファイアはといえば、目を白黒させながら二人の会話を聞いているところだった。
確かに何か嫌な予感がするとは思っていたけれども、まさか助けたのが一国の王女様とは
まるで考えがいたらなかったのだ。それこそこんな、弐の国のはじっこの、迷宮のような
森の中に参の国の王女がいるなど、サファイアでなくとも普通は考えないだろうが。

(・・・ランスさんって・・・女の子だったとね・・・しかも王女様・・・)

「サファイア、声に出てるよ」

「へ?」

「王女様のこと、気付いてなかったんだね」

「うぅ。だって、俺って言っとったし・・・!」

サファイアだって無知なわけではない。観察眼とか洞察眼とかでいえば、
瞬発力はルビーよりも上だ。少なくともそういう相手に何も勘付かせなかった
ということは、やはりかなり本気で逃げてきたとみていい、とルビーは思った。
国の王女が国の軍部に終追われる理由。ただ単に退屈で城を抜け出してきた!
という笑い話で済めばいいが、現実はそうそう甘くない。

「僕としては、見破られるほうが意外だったんですけどね」

苦笑いをひとつこぼしてイエローは頬を掻いた。

「・・・話してもらえますか。何故僕の素性を知っていたか。
 何故貴女は素性を隠しまでしてこの国まで来たのか。
 時間がなさそうなのでなるべくなら手短に」



「僕はあななたちに協力を請うためにここへ来た。
 そのためにまず目的より先に、僕と参の国の王族について話す必要があります」

かまいませんね、と問うイエローにルビーとサファイアは頷く。
それをしっかりと確認してから、イエローはひとつ大きく呼吸して、
ゆっくりと口を開いた。

「参の国が大森林国家であることは周知の事実ですが、これにはわけがあるんです。
 このことは国民はおろか臣下の者たちも知らない、王族のみの最重要機密です。
 たとえどんな状況に身をおとそうと、これだけは守れといわれた」

このことを誰か他の人に話す日が来るなど、一生来ないと思っていた。
ただそれを知っていることが、子々孫々にのみ伝えていくことが義務なのだと教えられた。
そんな大事な約束を、僕は今破ろうとしているのだ、と、少しだけ人事のように
考えることで罪悪感をまぎらわす。
だって、僕ひとりの力ではあまりにも小さく、今の状況を覆すことができないから。
悔しさに唇を少し噛み締めて、もう一度深く息を吸った。

「・・・僕たち参の国の王族は・・・みな、『ちから』をもっている。
 つまり、能力者なんです」

「・・・!!」

「ち、ちから、って」

「架空とされている存在、ですよね。でもずっと昔から、僕の一族は
 既にちからを持っていたんです。そして、参の国を治めてきた」

吐き出したその事実は鉛よりも重く、吐き出したはずなのに肺に重りを
落としていった。サファイアは驚愕に目を見開き、ルビーは何か思案しているようで、
その表情は少し硬い。僕は少し息苦しくなる肺を叱咤して話を続けた。

「僕たちがもっているちからは森と密接した関係にあります。
 簡単にいえば、森の声を聞き、助けを借りるちから。他人を癒すちから。
 領土の中で森が広ければ広いほど、多くのちからを借りることが
 できるために、参の国は大森林の国なんです」

「・・・」

(あたし以外にも、ちからば持ってる人がおったと・・・?)

ちからは架空。未知のもの。存在しないとされていた。
幼い頃から聞いていたそれを否定する形で僕はサファイアと出会った
けれども、まさか他にも、しかもひとつの国の王族としてずっと
在ったなんて。いくら『ちからを持つものは他にも存在しうる』と
言ったって。クォーツがのこしていった資料の一文を思い出す。

「かいつまんで話せば、軍のトップがこのちからを知り、
 利用しようとクーデターを起こしたんです。とても静かに。
 今も表向き何も起きていないように見えますが、裏では
 もう王族に決定権はありません。ですが一番ちからを受け継いだ子供
 である僕だけ、ちからを利用されないよう逃がされたんです。
 ・・・両陛下を・・・父上と、母上を置いて、僕だけが・・・」

「・・・イエローさん・・・」

「どこでも似たような話があるんだね」

胸糞悪いが。かつて父を陥れた、権力に目がくらみ愚行をおこした
大臣を思い出した。権力や武力、様々な力、それさえ手に入れば
汚いことをしたってとんでもないことをするどうしようもない馬鹿が
世界のあちこちに必ずのさばっている。そういう人間がいるから、
クォーツのように力で塗り返そうとする存在が現れるのだ。

「・・・そして逃げる最中、ある情報屋に出会いました。
 その人から確実に逃げ延びる方法と・・・あなたたちのことを聞いた。
 だから僕は知っているんです。ルビーさんが本来弐の国で王位につく
 資格があること、長い間腐敗していた政治を改革したあと姿を
 消したこと、そのそばに常に藍色の娘・・・サファイアさんの姿が
 あったこと。その英雄譚を」

これで合点がいった。なるほど情報屋・・・裏側の世界の者たちの間であれば、
情報が伝わってしまっているのも納得できる。僕やサファイアが国の改革の
立役者であったことは表沙汰にならないよう、クォーツの仲間だった
組織の人間には頼んであるから、一般の人々は僕たちを知らないはずなのだ。
サファイアが能力者であるという事実も一切ふせてあったし、力を遣うことも
禁止していたからその点に関しては広がっていないようだが、さすがに裏側の
パイプは侮れない。

「・・・それで、か。『英雄譚』とは、裏側では随分僕たちは有名のようですね」

「そうですね。・・・ですから、最後の頼みの綱として、僕は
 あなたたちに助力をお願いしにきました」

今まで座っていた椅子から立ちあがり、床に膝を着いて頭をたれた。
サファイアはあわてた様子で止めたけれど、イエローさんは聞こうともせず
さらに深く頭を下げる。帽子が落ち、今まで隠されていた金色の髪が
光を鈍く反射した。

「どうか、助けてください。僕の誇りである森と国を、・・・
 僕の大切な故郷を、不当な支配が始まる前に取り戻したい。
 ・・・お願いします」

「・・・ルビー、あたし」

藍色の瞳が振り返る。拳をぐっと握り締めて、訴えるように見つめてくるそれには
言いたいこと全てが映っていた。目は口ほどにものをいうというが、彼女の場合それが
如実に現れると気付いたのはつい最近のことだ。

「・・・助けたいって言いたいんでしょ?」

「あ、あたしの為に、今この森の奥に住んでるんはわかってると。
 あたしのちからば狙うやつがおるって、あん時クォーツが言っとったけん。
 でもあたしは、あたしだけ隠れてるなんて嫌とよ!」

「!」

イエローさんが驚いて顔を上げた。サファイアが「ちから」と言ったからだろう。
全く、自分がそう決めたら突っ走るんだから。順をおって説明するつもりだったのに
サファイアはそういう僕の考えをいい意味でもわるい意味でも蹴散らしてくれる。
とはいえ、今は好都合だったかもしれない。どうやら、細かく説明する暇はなさそうだから。

(外に、・・・ひとつ、ふたつ、・・・十人か)

「ルビー!」

「うん。わかってる」

「あ、あの!」

「イエローさん」

残念ながら、お客様です。ルビーが言うと、イエローもはっと周りに気を配る。
だてに参の国から追っ手にかかりながらひとりで旅していない。どうやらすぐに
かかってくる様子ではないようだが、それでも包囲されてることには変わりない。

「とりあえず、ここから逃げます。一分後小屋を爆破しますからその爆煙に紛れてください」

「・・・思い切ってますね」

「ことは国家級の問題ですから。もったいぶってても負けるだけです」

「煙ん中でも、あたしがちゃんと案内するけん。心配いらんったい!」

「話の続きは逃げ延びてから。それでいいですよね?」

異論ありません。イエローが笑顔で言うと、決まり、とルビーがこぼした。床板をはがし、
その下につめられた爆薬の導火線を引っ張り出す。

「では、はぐれた場合は北にある古い祠で集まりましょう。古い知り合いがいます。
 僕の紹介だと言えばかくまってくれるはずですから」

「わかりました」

「サファイア、火種を」

サファイアは灯り用にともしていたろうそくから火を移し、ルビーに渡した。
導火線の先にぽつ、と火がうまれ、するすると辿っていく。

大きく光が、爆発した。




up2009.5.09

   まだ



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