注意。
※この連載「いのちのうた」はパラレル小説です。
従って設定等でやりたい放題しています。
まず最初にルビーとサファイア、二人の名前が違います。
途中で暗い表現、血の表現等が入る話もあります。
上記が苦手な方はここでお戻りください。
読んでからの苦情は受け付けません。
大丈夫!読める!という方は↓どうぞ。
広大で、名も無い大陸。
遥か昔、数百に渡る国々が争い、その結果それらは
6つの国となった。6つの国は今、力の均衡を保ったまま
それぞれが確固たる文明をもって存在している。
その中の一つ、高き山々に囲まれ他の国と断絶された
国を舞台に、少年と少女が織りなす無くしてしまった当たり前を知る物語。
いのちのうた。 1.少年と少女
瞼が重い。逆らって、ゆるゆると目を開ける。
真っ直ぐ視線を向けた先には見覚えの無い木の天井があって、
ゆっくり息を吸い込めば木のにおいで肺が満ちた。
左右を見る。視線をまわりに向けて、初めて自分が横になっていると気付いた。
木を組んで作ったらしい丈夫な寝台だ。
それ以外には棚と何も上がっていない机しかない、簡素な部屋。
無意識に起き上がろうとして体に力が入る。しかし待っていたのは激しい、
焼けるような痛みで、思わず声にならない悲鳴をあげた。
痛みで体を縛り付けられているようだ。起き上がれ、ない。
(あたし・・・どうして、こげなところにいると・・・?)
まだ半分霞がかったような頭は、限りなく緩慢に回転を始めた。
ここはどこか。どうしてあたしはここにいるのか。
ずるずると頭のおくから記憶を手繰り寄せていく。順繰りに見えてきた景色が
まるで物語のように、流れる。
朝もやの先、濃い森の緑、昨日寝ていた大樹の根元と、
(森が、燃えてる)
獰猛な獣のように走る炎、そこかしこに転がる妙な塊。ぶすぶすと肉の焦げたにおいが、
木々の焼けたにおいが混ざり合って不協和音を奏でた。咳き込む。
自分はぼろぼろになりながら力の限り叫んでいる。みんな、返事をして。
炎に照らされて、水溜りが赤くきらきら閃く。否、それはもとから赤かった。
視線で追えば、出所は、人の腕。
(血・・・!?)
がば、と跳ね起きた。光のような速さで情報が脳を駆け巡り、動き出す。
切り裂かれるような痛みが全身を襲い、軋んでがくがくと膝が震えた。
力を振り絞って壁伝いに、寝台のある壁から対辺にあるドアへ歩みを進める。
木でできた床を、踏みしめ、踏みしめ。体が重い。鉛のようだ。
身体は痛みに悲鳴をあげながら覚醒した。
(ここは、どこったい!なんで、あたしだけが、こんなとこにいると・・・!?)
みんなを探さなければ。早く早く。
痛くたっていい、壊れたって構うものか、動け、あたし!
ドアノブへ震える手をのばして、そこで初めて自分の腕を見た。。
目に飛び込んできたのは、包帯がぐるぐる巻きでまるで絵本に出て来たミイラ男のような腕。
その上色は本来そうであるべき色の白ではなくて、ところどころ赤くにじんでいる。
鼻が告げる鉄のにおい。
(はやく、はやく見つけなきゃ、みんな)
脳内を目の前を、過去の映像が走り抜けていく。
先ほど継ぎ接ぎだった記憶全てが繋がっていく。
嘘だ。これは夢だ。
がちゃ、り。
全く力の入らない手でなんとかノブをまわして、倒れこむようにドアを押す。
ギッという音をたてて開いたドアの向こうには何者かの気配があった。
自分とさほど変わらない歳の、少年だ。成長途中の細い、けれどもがっちりした身体。
帽子から漆黒の髪が覗き、暗めの色調の服を纏っている。
血のように赤い紅の瞳と視線がかちあった。
少年はこちらを見て目を見開いている。何かすりつぶしていたすりこぎ棒をまわす手が
次第に遅くなり、終いには止まった。
「あんた・・・誰ったい・・・?」
自分はこんな少年は知らない。こんな真紅の瞳は見たことが無い。
知る由も、ない。
少年はふう、と大きく溜息を吐いた後、無表情な視線をぶつけてきた。
なんだこの、底なし井戸みたいな目は。
紅色だけがただぎらぎら光っている。
「・・・通りすがり。寝てなきゃダメだ。ひどい怪我だから」
無関心な、目立った抑揚のない声が耳に届いて、意味を脳が吸収する。
焦っていたのだろうか、途端何故か、カッと全身の血が沸騰したように熱くなった。
自分なんてどうでもいいんだ、今は!!
痛みも関係なしにずいと少年の目の前に近寄ると、今出せる精一杯の力で胸元に掴みかかる。
「他のみんなは!?あんた何か知ってるとでしょ、教えて!」
紅の瞳がうんと近くになる。そこに映っている藍色は、多分自分の目の色だ。
少年はふと視線を床に落とし、掴みかかってきた手を優しく解いてから両肩に軽く手を置いてきた。
しばらくの沈黙。
「・・・あの場にいた、人たちは、いない」
瞬間頭が真っ白に塗りつぶされた。その言い方は何。
少年は再びこちらの目を見た。整った形の眉が本当に僅かにひそめられる。
あの『夢』を否定して欲しかった。嘘だと言って欲しかったのに。
心とは裏腹に口からは、真実を知れと言わんばかり言葉が零れ落ちる。
「・・・・・・まさ、か・・・・・・」
「・・・そう。助かったのは、君だけ」
予想通りの答えが、少年の口から紡がれていく。
「見つけた時にはもう。君だけが、辛うじて息を」
それが、真実。
かく、と力が抜けて立っていられなくなって、床に座り込んだ。
炎、そこかしこに転がる塊、肉のこげたにおいと血だまり。
そして、『みんな』は死んでしまったという事実。
それらを符号すれば行き着く答え。
『みんな』は殺された。
焼き払われ、切裂かれ、命を奪われてしまった。
「っ・・・ひどか、ことを・・・っ」
悲しみを通り越して、内側から顔を出したのは憎悪。あとは悔恨。
自分が一緒にいなければこんなことには。
自分と関わったばっかりに、「あいつら」に殺されてしまった・・・!!
「・・・ぅ・・・っ」
がたがた震える身体をぎゅうと抱きしめた。
当然痛い、というか、痛いという感覚なのかどうかさえわからなくなってきた。
あたしは、何故あたしだけ生き残ってしまった?
あたしのせいで巻きこんだ。あげく殺されて。
どうしてあたしばかりがここでのうのうと生きている。
「っふ、ぅ・・・っ、うあ、あああっ」
嗚咽が喉からせりあがってきて、どうしようもなくなった。
堰を切ったように涙がどうっと溢れ出す。ぼたぼたぼたぼた、包帯に
透明な染みがいくつも浮かび上がり、内側からにじみ出ていた血と混ざって
薄まった。多分こんなに泣き叫んだのは久しぶりだ。
「今はまず、・・・休め」
あの少年が、傍にしゃがんで静かに言った。
「癒えるものも、癒えなくなる」
「・・・っ、」
何故だろうか。
少年の声は、不思議とぐちゃぐちゃだった頭を、湖面のようにすっと落ち着かせた。
そうだ。あたしは生きた。やるべき事を果たすまで、死ねないんだ。
少年の顔を見上げた。目が合う。何度見ても、吸い込まれてしまいそうだ。
相変わらず底が見えない、無感情な真紅の瞳だから。
「あんた・・・名前は・・・?」
「僕、は。・・・・・・紅。クレナイ」
一瞬の躊躇のあと紡ぎだされた答えに、収まるべきところにストンと収まった
ような気分になった。彼は瞳のとおりの名を冠していたのだ。
真紅の瞳。紅の色。
「『クレナイ』・・・。あたしは・・・コランダムって、呼ばれてたとよ」
「・・・わかった。コランダム、寝台に戻って休め」
紅が差し出してくれた手を取り、ゆっくり立ち上がる。
紅のことはよくわからない。無感情で、温度がないように見える。
言葉も途切れ途切れに押し出されるし、抑揚も目立たない。
只何故か、理由はカケラも思いつかなかったけれど、
彼の底なしの紅色の瞳には、惹かれた。
「ふう・・・」
コランダムが寝付いたのを確認して、紅はやっと部屋から抜け出した。
ゆっくり、音を立てないようにしてドアを閉める。彼女を寝台に横にさせてから
すぐ居間に戻るつもりだったが、引き止められてしまって結局完全に眠りにつくまで傍に居た。
人を避けてこんな森深いところに暮らしているのに、ちゃんちゃらおかしい話だ。
(・・・馬鹿らしい)
自分自身を嘲笑う。
拾った以上最後まで面倒は見るつもりだし、
途中で放り出す気もない。が、できるだけ早めに他人に戻りたい。
思い出される過去。
幼い頃心の根元に植え付けられた人間不信は、そうそう取り去れるものではない。
誰も完全に信じてはいけない。その後痛い目に合うのは自分なのだから。
そう言い聞かせて独りで過ごし始めて、何年経った?
(今更、人恋しくなるなんて、馬鹿げてる)
他人に戻る。元々知り合いではないし、怪我の治療さえ済んでしまえば簡単のはず。
先ほどから中断していた薬の調合に戻る。数種類の薬草をごりごりとつぶして混ぜていく。
赤、緑、青、黄。それらが混ざり合って新たな色が生み出されたり、またにごって別々になったり、
そんな様子を見ているうち、先ほど寝付いた少女の瞳の色が、頭の中でちらついた。
深い深い、こちらを呑み込んでしまうような、底光りする藍の瞳。
思わず見惚れてしまった、熱い藍色。
久しぶりに人に会ったせいもあるだろうが、それは妙に頭に焼き付いて離れなかった。
熱く燃えたぎる、生命の胎動を感じさせる眼。
あんな藍色は、見たことが、なかった。
何故だか、見ていたいと、一瞬でも・・・思ってしまった。
(・・・ちくしょう)
片手で、顔を覆った。
「目標の回収に失敗しました」
一方、建物が群がる国の中心部、その地下の世界。光の当たらない世界だ。
その暗がりの中のもっと闇の深い場所から大柄の男がぬうと姿を現した。
淡々と報告する先に居るのは、紅やコランダムより、2,3ほど年上の少年。
その闇を写し取ったような瞳とは裏腹に、表情は明るく声は朗らかに響いている。
「東の森深くに逃げ込んでいたところを発見したので追わせたのですが」
「やっぱり失敗したんだ。だから下っ端だけ行かせるの反対したのに。彼女、優秀だもんね」
「いえ、それが・・・」
大柄の男がぽそぽそと少年に言葉を告げていく。一方告げられる側の少年は、
口の端をどんどん笑みの形に釣り上げていった。
報告が終わると少年はにっこりと笑い、持っていた極上の果汁を飲み干した。
「遂に目覚めたんだね。この時をずっと待ってたんだ」
中空に向かって手をのばす。ぎゅ、と握り締めて初めて、その顔にも闇が走った。
待っててね。逃さないよ。
その瞳に、獣のような眼光が宿る。少年はグラスを放った。
はるか遠く、藍色の瞳を持つ少女に想いを馳せて。
「パーティーだ。僕と踊ろう。コランダム」
砕けたガラスが床に飛び散った。
