自分の中で、ずっと昔からそこにあった氷の塊が、
溶けて消えたような気がした。
答えは、こんなにも簡単だったんだ。
いのちのうた。 10.答え
あたしは、あたしだと。
紅は、こちらを振り返らず、そう言ってくれた。
力を持っていても。罪を犯していようとも。
あたしという本質は一切変わらず、ここに在ると、彼は今
そう言ってくれたのだ。
(あたしは、なんて、弱かったんやろう)
自分で自分のことを信じられなかった。いつしか力を持つ
自分さえ否定した。その力で罪を重ねた自分を、ずっと拒否
し続けていたんだ。・・・それに今、やっと気がついた。
紅が、あたしを信じてくれたから。
(そうったい・・・あたしはあたし。なんも、変わらん。
自分の起こした罪ば、自分で受け止められんで、どうすると)
そう、あたしはサファイアではないのでなく。
紅の言ったようにコランダムではないのでなく。
(どっちも、あたし)
自分の中でひとつ、決着がついて、心の中は今まで生きてきた中で
一番晴れやかだった。同時に、今まで拒否し続けてきた・・・
『コランダム』としての自分が、今この部屋にいることに、はっきりと
気付いていた。再びここに連れてこられたとき、見えたあの影。あれは、
『コランダム』だったんだ。
サファイアは目を閉じると、静かに息を吸って、吐き出し、目を開けた。
そこは、今まで居た白い部屋を思わせる、真っ白な光の空間だった。
音も無くひとつの影がサファイアの前に現れ、穏やかに笑んだ。
「私はコランダム。ここでうまれたの」
茶髪の少女がまっすぐにサファイアを見つめて告げた。
少女はもう曖昧な影ではなくはっきりとした形を持って
サファイアの前に立っている。それは、幼い頃の自分の姿だった。
サファイアも、その少女・・・『コランダム』に笑いかけ、
ただ黙って少女が話すことに耳を傾ける。
「私とあなたはおなじなの。でもあなたは私を罪だって、
そう思っていたから、組織を抜けたあの日から私はずっと
ここにおいてけぼりになってたの。でもね」
そうだ。自分は過去を罪としていた。目を背けていた。けれど今は。
「今は違う。そうとね?」
「うん」
過去の自分と向き合って、サファイアは本当の意味で笑った。『コランダム』も。
「私、本当の名前は忘れていたの。クォーツが私をあたらしくうんでくれて
ひきかえに忘れてしまったの。でもね、もう大丈夫だよね。
『全部受け入れるって決めたあなた』がむかえにきてくれたから」
「『コランダム』・・・」
「クォーツは『つらいことを忘れるまで』って言ったけど。
わすれてなくても、覚えていても、預かってもらってた
『本当の名前』、今なら取りにいけるよね」
とと、とコランダムはサファイアのそばに走りよった。
ちょこんと正面に立つと、精一杯背伸びしながらサファイアの手をとった。
「私は『コランダム(過去)』でもあなた(今)なの。
あなたは『サファイア(今)』でも私(過去)なの。
みんないっぽんでつながってるんだよ。
みんな、いっしょなんだよ」
「・・・そうったい。あんたもあたしもかわらない『あたし』
全部まとめて、あたしなんやもんね」
やっと気付けた、本当のこと。
やっと気付いた、こんな簡単なこと。
あたしは、あたし。
「うん!」
幼いコランダムはサファイアに飛びついた。サファイアは
ひざを折って、コランダムをぎゅうと抱きしめる。
「おかえりなさい」
「ただいまっ!」
ありのままの、あたし。
「なんで?なんで折れないんだよ。信じないよ、そんなこと。
彼女は渡さない、渡さないよ・・・!!」
紅の強い言葉を受け取って、クォーツは動揺していた。
今までは、誰にも彼女を奪われない自信があった。可能性のあるもの
全てを削除してきた。今だってそうするべきだ。なのに、動悸が治まらない。
不安が噴出してたまらない。だって、こんな風に言った人物は、今まで
一度たりとも居なかった。力じゃなくて、彼女自身を見る人なんて
居なかったのに。 彼女を、奪われてしまう。違う、そうじゃない!
どうして自分はこんなに彼女を失うことを恐れている?彼女は
目的を果たすための道具だ、そうだよ、奪われたら奪い返せばいい話じゃないか。
何を恐れてる?彼女の心が、他の誰かに向いてることが、そんなに僕は
悲しいの。ああそうだ、そう、彼女は僕だけを見てるべきなんだ、だからだよ。
それしかないだろ、なんでだよ、どうして動悸が止まらない!!
「どうしてさ・・・」
クォーツ自身、自分にも聞こえないくらいか細い声で、呟いた。
当然、その呟きは、紅の耳に拾われることは無い。
「・・・決着を」
紅の静かな声が、強い眼が、こちらに向いている。
ああそうさ、決着を。君を消せば全て終わるんだもの。
こんなに、悩まなくたっていい。これで終われるんだ。
その時、聞こえるはずの無い声が、その部屋に響いた。
分厚い、特殊なガラス、向こう側からの音を一切受け付けないはずの
その向こうから、確かに彼女の声が。何やら場違いにのほほんと。
「紅!ちっと、そっち行くったい。危ないとよー」
え、と紅が振り返る。クォーツも声を失った。何故こんなにも
彼女の声がこちら側に通るのか。しかし尚、サファイアが早く下がれと
言うので、紅は数歩、クォーツ側・・・サファイアがいるガラス越しの部屋と
反対方向へ退いた。
「んー・・・まだ危ない気ぃするけど・・・まあ大丈夫とね!」
そう明るく言ったサファイアは、おもむろに右手のひらでガラスに
触れて、目を閉じる。少しの間を置いて、次に彼女が目を開けたとき、
紅とクォーツは信じられない光景を見た。
盛大な音をたてて、部屋と部屋を隔てていたあの分厚いガラスが、粉々に
砕け散ったのだ。言葉の通り、跡形も無く。
二人が呆然と見る中で、大きなガラスの破片の奥から、サファイアは姿を見せた。
その視線は先ほどのように揺らいではいない。確固たる自分を持って、
地面に両足を着けて、前を見据えて。サファイアは紅の傍に歩み寄ると、
小さい声でありがとう、と呟いた。
「あんたのおかげで・・・あたし、ちゃんとわかったことが、
あるったい。だから、ありがとう。紅」
紅に返事をする間も与えないまま、サファイアはクォーツに向き直り、
何歩か近づいて、立ち止まった。視線はずっと、クォーツの赤い瞳から離れない。
「あたし、紅みたく、上手く言えんけど」
サファイアは真っ直ぐ前を見て立っていた。
「あたしは『コランダム』のことば、ずっと・・・見てなかったったい。
目、そらし続けてきたとよ。だから、自分のことも何もわからんで、
今までやみくもに生きてきたとね」
「・・・サファイア」
「・・・もう、違うとよ。どんなあたしでもあたし。それは、
変わらんホントのことったい。逃げないで、向き合うって、
あたしは『コランダム(あたし)』と約束したけん。クォーツ、
あんたともちゃんと向き合う・・・戦うとよ」
父母の言葉を思い出す。貴女の力は本当に素晴らしい力だと、
それを忘れちゃいけないと言ってくれた。大きな力には責任が伴うのだと、
悪いことに使っちゃいけないと教えてくれた。
それなのに、目をそらし続けていた『命を奪ってしまった事実』と
『力がある自分』。それとちゃんと向き合って、受け入れる時がきたんだ。
「あたしも、周りの人達恨んだこと、一度じゃないけん。
周りば変えようとした気持ち、わかるったい。でも、周りだけ変えても、
結局自分は・・・何も変わってなかと。・・・それじゃきっとダメだって、あたし思うとよ」
藍色の瞳は蒼い炎に燃え上がる。
「だから、あたしの『ホントの力』は使わせん。
あんたのこと・・・ちゃんと止めるったい!!」
「・・・!!」
(・・・今の僕に足りないものは…)
「・・・なんて簡単だったんだろう」
僕に足りないもの。
今の彼女からほとばしるもの。それは勇気だ。
差別・裏切りを受け、重ねた『ルビー』は、紛れもなく
自分だと認める勇気だ。
確かに、人を殺すことは罪だ。許されることじゃない。
その点は、僕も彼女も同じだった。だけど、罪から逃れていたら駄目なんだ。
目を背けていてはいけないんだ。復讐じゃない。死んで逃げることじゃない。
生きて、生きることこそ、それこそが、いのちの償いなんだ。
そうだ、僕は紅じゃない。最初から、そうだった。過去から、罪から逃げた
紅ではない。僕は僕で、変わらない。
僕の名前は。
(ルビーだ)
これが、僕たちの答えだった。

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