道標-これから-
いのちのうた。 12.いのちのうた。
さかのぼることほんの少し、森の中に佇む小さな小屋、
・・・『紅』の家だ。そこに三日ぶりに人影が戻った。
『あの』事件の直後サファイアは倒れ、力の反動か二日間こんこんと眠り続けた
から、その様子を見るためと、クォーツやルビー自身(特にルビー)も軽くない
怪我を負っていたので、動き出すのに少々の時間を要したためだ。
組織内の混乱はリーダーであるクォーツが素早く対処して落ち着きを取り戻している。
元々高い統率が取れていたことにクォーツが元からもっていたカリスマ性が
相まって、それはそう長くはかからなかった。今はその部下たちに場を
任せ、ルビーとサファイアと共にクォーツも『紅』の家にやってきたのだ。
理由はひとつ。サファイアが、クォーツと二人でみんなのお墓参りに行きたいと
希望したから。赤い瞳をもつ男二人に、これを断る考えなどなかった。
(ただ少し、本当にほんの少し、ルビーは眉をひそめたが)
「僕を・・・彼女と二人っきりにしてもいいの?
今は演技をしているだけで・・・また彼女をさらうかもしれないよ」
ルビーは首を振った。
「彼女がそうしたいって言った。僕は彼女の意思を尊重したい。
それだけだよ」
正直言えば、僕は心配だけど。さりげなく付け加える。
「・・・」
「もし仮にそうなったとしても僕は戦うだけだ。何度でも」
大切な人を守るために、戦うだけ。
きっぱりと言い切ったルビーを、クォーツは見た。
自分とはまた違った色味をおびたその紅い瞳を見ていると、過去の
自分を思い出す。・・・僕はこんなに強くなれなかったな。
彼は僕と同じ生い立ちを抱えながら、僕と異なる道を選択できた。
・・・彼女の、おかげなんだろう。
入り込んだ妙な沈黙の中、先に目をそらしたのは僕だった。
「暗くなる前までは戻って。勿論僕もだけれど、君たちもまだ
全快じゃないのは君自身がわかってくれてると思うから」
特に彼女に無理をさせないように。と。
・・・暗に視線で念を押された気がしたからだ。
言われなくてもわかってるんだけど、ね。
風が吹いた。砂埃を持ち上げ。乾いた大地を撫でて。
ここは、墓場だ。
規則正しく盛り上がりが並び静かに風をうけている。
「こんなに、亡くなったんだね・・・」
「そうったいね。・・・・・・みんなあたしのちからのせいで」
サファイアが腕に抱えていた花を、少しずつ墓の盛り上がりに乗せていく。
ここにくる途中にある――森の中では奥に位置するが――そこにある花畑から
持って来た花だ。ぎりぎりでサファイアの力の有効範囲から外れていたらしい。
それこそ範囲内は森と呼ぶにはふさわしくない光景が広がっている。
濃密な森に囲まれているためミスマッチではあるが、いうなれば荒野。
大地を撫でる。・・・やはり完全に乾いてしまっている。
「・・・サファイア」
「謝って、すむことじゃなかとよね?きっと」
「!」
「だから謝らんで。そうしたって始まらんし・・・あたしも、
簡単に謝るのはやめると」
彼女は形の整った眉を八の字にして笑った。並ぶ墓と辺りを見渡して、
風に遊ばれる髪を押さえる。
「そんためにあんたを連れてきたんじゃなか。
・・・・・・なぁ、クォーツ」
「・・・なに?」
続きを促す。以前と同じく、優しく、やわらかく音を発する。
昔とはずいぶん、含む気持ちが変わったな、と他人事のように
思った。彼女の存在一つで自分はここまで左右されるのだと。
促されたサファイアはうん、と一回おいてから口を開いた。
「あたし・・・そう、自分が死んでもよかって思うこと、何度も
あったとよ。信じてくれた人ば裏切ってしまったとき、大切な人たちば
死なせてしまったとき、ひとりぼっちになっとうとき・・・」
「うん・・・」
「もっと些細なことでも思ったこと、あるかもしれん。
でも不思議やね・・・あたし、今はそんな風に思えんの」
「・・・どうして?」
「ここで死んだら、あたしのために死んでしまった人たちに、
あたしを今日まで生かしてくれとう人たちに、申し訳たたんって。
父ちゃん、母ちゃん、みんな、あたしを助けてくれた全部の人たちのためにも
あたしは、生きなきゃいけん。あたしのいのちは、最初っから、あたしひとりの
もんじゃなかったと!全部背負っとるもん。・・・一緒に、居るけん、ね」
声の震え、思わずにじんだ涙をごまかすように彼女は笑う。
ぬぐった目許には既に泣いた名残は残っていない。
「それが、あたしの出来ること、あたしがこれから生きてく理由、ったい」
つらくないわけじゃない。当たり前。それでも、いろんな人たちのいのち、
はかったり比べたり、そんなことできないもの。いつまでもあたしのいのちと一緒にある。
だからあたしのいのちは、もう二度とないがしろになんかしない。
「・・・それが、君のこれからなんだね」
強くなったと思った。彼女はいつまでも僕の籠に大切に閉じ込めて
おいたまま僕の加護のもと生きていくのだとついこの間まで思っていた筈なのに。
つくづく、僕が君の存在に甘えていたらしい、と内心でため息を吐いた。
「僕も・・・決めなくちゃね。これからどうするか」
「?クォーツ?」
「独り立ちのときがきたってことさ」
サファイアと一緒に摘んできた花を彼女に倣って供え、祈る。
「僕はさ、まだ人を憎んでいるしこの国を恨んでる。長年培ったものだから、
これはそうそう綺麗に拭えない・・・。でも、他にできることは
あるかもしれないって思ったよ。君たちを見てたらね」
「!あたし、たち?」
「そう。・・・破壊に対して破壊で応じても・・・何もうまれないとは
言わないけど、きっとあとにのこるのは綺麗なものじゃないんだろうなって。
・・・今更気付いたのさ。遅すぎるかもしれないけどね」
それを聞いた途端彼女はおもいっきり首を振った。思わず面食らうと、
今度は駆け寄ってきて両の手をぎゅうっと握られる。外にいたせいか存外
冷たいその手の温度は心地よかったけれど、距離が近くなった彼女の藍の瞳に
急に心臓が急いて、その手とはと相反して火照る頬に戸惑った。
知らなかった感覚、だ。
「まだ、遅くなか!多分、多分やけど、なんかできることあるって
見つけられたんなら、まだ遅くなかよ!大丈夫ったい。きっと。
・・・あたしも、手伝えることあるなら、手伝うとよ」
幾度も見た藍色の筈だった。
僕の視線の少し下にあるそれを見つめながら、思う。
それは知らず知らずのうち僕を何度も助けてくれた光だったのだと。
彼女の口から零れる言葉もまた同様で。それらが以前よりもっともっと
愛おしく、心がとてもあたたかい。
・・・それにすら僕は気付けていなかったんだ。
だから、・・・彼が。
僕ではなく。
「ごめん。これで最後だから」
「クォーツ・・・」
「ごめん」
僕は誰に謝ったんだろう。
僕は、サファイアを抱きしめた。三日前、大声で泣いて
抱きしめたあの時のように、僕はもう一度、彼女を思いっきり、
抱きしめた。
「国ば、出る!?」
「うん」
「・・・本気なんだ」
「本気。僕の出来ることを探すために。
僕の視野はきっと狭すぎるんだよ。もっと広く世界を知る
必要が、あるんだ」
そう言って笑った。
もう少し、自身を見直す時間が欲しい。もっと色々見て、知って、
心を、今度は、真の意味で大切なものを守ることが出来るように。
もっと世界を知りたい。狭かった自分の世界を広げたい。
そのためにも僕は、この場所から・・・サファイアから離れることが必要だった。
僕じゃ彼女の傍にいる資格、彼女を守る資格がないから。
あとほんの少しの嫉妬。僕より彼が彼女にはきっと良いから。
ちっぽけなプライドだけど実は重要なんだ。頼むからわかってね。
心の中でだけ呟いて、組織から持ってきておいた分厚いファイルを渡す。
「これは僕が調べた彼女の力に関する資料全てだ。ルビー、
君に渡しておく。必ず全部読んで理解して。
知ることが彼女を守る武器になる」
「・・・わかった」
『空白の100年』に関する情報には特に気をつけて、と付け足す。
オウム返しにルビーが聞き返したが、詳しいことは資料で、と
言っておく。資料の最初の項を2,3ページ眺めた後、ルビーは頷いた。
「多分、あの森を焼き払った一件でサファイアの存在に気付いて、
狙う者が現れる。そのときは・・・僕の代わりに、守ってあげて欲しい。
それだけは、君にお願いしていくよ」
(僕の存在より、ずうっと尊き藍色を、どうか守って)
「必ず。約束する」
守ることを。
「・・・ありがとう」
サファイアに向き直る。すると彼女の表情は先程国を出る、と言ったときの
驚愕のままで、思わずちょっと笑ってしまった。それではっとしたのか、
笑わんで、と一言いってから今度は幾分か落ち込んだような声音で問いかけてきた。
「・・・決めたんやね」
「うん。ごめんね。折角手伝うって言ってくれたのに」
「ううん」
気にせんでよか。そう言ってから、改めて視線を合わせる。
「クォーツが、ちゃんと決めたんなら文句言わん。
しばらく会えんのは、寂しいけど。・・・あたしは、
こん国の中でできること、さがすったい。
ルビーがこれからこん国を『カイカク』する言っとるし、
きっとやれること、あると思うけん」
「改革、か。期待してもいいのかな?ルビー」
「損したければね」
からかいを皮肉で返してルビーは肩をすくめた。元々はあの
大臣をのさばらせたしまった自分が悪いんだから責任は取るつもりだ。
父上は王座にこだわらなくて良いと言ったけれど、もうそういうことじゃ
なくてこれは自分でやりたいと思う。それこそ敵は目に見えない宗教で、
国を根底からひっくり返す大変なことだろうけど、罪のない他人を差別する
選民思考は、この国に不要なんだ。父上が守ってきたこの国には。
ひいてはこの大陸全体には。
「そういうことなら、僕の部下たちを使ってくれてかまわないよ。
言伝はしてある。皆あの『教え』で虐げられてきたものばかりだ。
きっと力になってくれる」
「・・・ありがとうは、次に会うときにとっておくよ」
「あはは。素直じゃないね。・・・そろそろ行くよ。
国境を越えるのは一仕事だから」
戸を開ける。この国は国境警備の兵が要らないくらい、高く
険しい山々に囲まれているから、それなりに準備をしていかなければ
いけない。外へ出ようとすると、ついと服を引かれた。
「・・・また、絶対、会うとよ、っ、クォーツッ!!」
「うん。また会いにくるよ。絶対に。これは君との約束だね」
遂に耐え切れず、藍色からぽろぽろとこぼれ出した雫を拭いながら、
どちらともなくお互いの小指を絡めて、小さい子みたく指切りをした。
とてもとても拙い儀式だけれど、その分きっとどこまでも澄んでいる。
雨上がりの空のように。
歩き出しながら、ふいにひとつ思い出して、振り向かず言った。
悔しいけど、やっぱり君には適わないみたいだ、ルビー。
「最後に、ひとつだけ!」
「・・・何?」
「ルビー、君は人を見る目があるよ。
彼女の本当の名前・・・『サファイア』、なんだ!」
「!」「・・えええっ!!?」
「それじゃ、・・・元気で!」
紅色とは、守護を。
藍色とは再会を約束して。
大切な想いを抱えて。
僕は、生きよう。
君に、歌おう。
君のいのちが、いつまでも歌いつづけるように。
広大で、名も無い大陸。
遥か昔、数百に渡る国々が争い、その結果それらは
6つの国となった。6つの国は今、力の均衡を保ったまま
それぞれが確固たる文明をもって存在している。
その中の一つ、高き山々に囲まれ他の国と断絶された
国を舞台に、少年と少女が織りなす無くしてしまった当たり前を知る物語。
当たり前を、知った話。
いのちのうた。
おわり
2008.4.18

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