「…お願いったい紅、行かせて」
最早抵抗しても無駄か、とでも言うように、紅は深く溜息を吐いた。
いのちのうた。 2.少女の話
「お墓、作ってくれたったいね…ありがとう」
出会いから数日経ち、ようやく歩くことはできるようになったコランダムは、紅に支えてもらいながら
ある場所を訪れていた。そう、「みんな」が殺された、自分が大怪我を負った例の場所。
国の6割を占める森のずっと奥にあるこの場所は、隠れ場所にもってこいということで「みんな」は暮らしていた。
しかし今は見るも無残に、木々が焼け落ち地面が剥き出しになった荒地に変わり果てていた。
コランダムが寝ている間に、紅が簡易的にではあるけれども墓を作ってくれていたようで
土の盛り上がりが規則正しく並んでいる。その数、19。やはり全員分だった。
途中咲いていた花をいくらか摘んできていたので、その土の盛り上がりの上にのせて、祈った。
(みんな…ごめん…あたしが、ここに逃げてきたばっかりに)
ぐっと唇をかみ締める。本当にいい人たちだったのに。
見ず知らずの自分をかくまってくれて、仲良くしてくれたのに。
彼等が殺されなければいけない理由など、なかった筈なのに。…自分のせいだ。
紅は、ただ黙ってコランダムの後ろに立っていた。視線は落ちている。
弱くない風が砂埃を巻き上げて二人に叩きつけた。
「紅は…何も、聞かんったいね」
立ち上がり振り返る。
紅はコランダムについて何一つ聞こうとしなかった。そのかわり、
紅も自分のことは何一つ話さなかったのだけど。
「…無闇に詮索するような趣味はない」
視線は落としたまま、紅はたったそれだけ言った。
互いの事を理解するなんて自分には必要ない、どうせ、治療が終われば他人なのだから。
そう、どうせ他人だ。だから自分のことも一切話さない。元々決して美しくない過去だから。
少年にとってはそんな意味を含めた言葉だったのだけど、少女はそれを知る由もなく、
その言葉を只嬉しいと思った。つらい過去を聞かないで居てくれる、と解釈して。
「だけど…一晩ずっと考えて、迷っとったけど、やっぱり話したほうがいいって思ったったい。
折角置いてくれてるとに、事情を隠すのは失礼やと思うから」
少し、話すとよ。コランダムはぽつぽつと話し始めた。
紅は曖昧に相槌を打つ。止むを得まい。聞くことにする。
「みんなは…都で差別されたり、捨てられたりした子供の集まりだって言ってたとよ。
前は都にいたけど、迫害が強まってきたからここに隠れ住んだらしいったい」
差別されたり捨てられたりする理由は、髪の色が異質だ、とか目の色が親と違う、等
本来なら些細なことだった。それでもこの国は必要以上に未知のものを怖れる体質があったから、
差別の対象になってしまった子供たちは差別された者同士身を寄せ合い助け合って暮らしていたのだ。
(この話をしているとき、紅の表情に少し陰が入ったのにコランダムは気付かなかった)
「あたしは…ある組織から逃げてきて、途中みんなに助けられたったい…
それで数日匿ってもらっとったんけど…組織の奴等、あたしを追ってきて…それで、みんなをっ…!!」
拳にぎゅうと力が入る。その顔に浮かぶのは怒りだ。きっと憎悪混じりの。
「なんで組織の連中がその後あたしをそのままにしてったかは全然わからん。
そこを、あんたに拾われたったいね」
紅は頷いた。コランダムを家に運ぶ時、この辺りはまだ煙が上がっていたから、
事が起こってそう経たないうちに自分はコランダムと彼女の言う「みんな」を見つけたんだろう。
「そんで、あたしが、その組織に捕まって、逃げた後も追われた理由…」
大分巻く数は減ったけれど、今だ包帯を纏った右手を目のあたりに寄せて
ぽつりぽつりと言葉を押し出す。
まるで、これこそが本題だというように丁寧にゆっくり語られていく。
「組織の奴等は『千里眼』って呼んどった。
あたしの目…ずうっと遠くまで、何でも見えるったい」
「…まさか」(『能力者』か!?)
さすがに紅も声を失わずにはいられなかった。
この国では、『能力者』と呼ばれる人々は、伝承の中だけの存在だったからだ。
(知識としては知っていたけど、まさか実際存在しうるなんて)
魔法も何もかも、なにか「力」と称されるものは全て物語や伝承の中でのみ存在するといわれている。
だからなのか、この国は未知なるものが現実にあることを特別酷く恐れた。
力などなくとも、コランダムの話のように髪の色や、瞳の色でさえ差別の対象となり、
国のそこここに孤児や難民が苦しい生活を余儀なくされているのが現状だ。
そんな中で、「力」を持っている目の前の少女は、非常に『特異な存在』なのだ。
…なんというか、信じるのには時間を要した。
「遠くを見るとすごく疲れるち、普段は使わないようにしてるとよ。
今は身体がぼろぼろなせいやろか…全然使えないったい。
でも、多分そのうちまたいろんなものが見えるようになっていくと思う。
遠くだけじゃなく、その気になれば物の過去とかウソかホントかまで全部見えてしまうとよ。
この話、全部、本当のことったい」
「…」
本当のこと。にわかに信じられない話だったが、彼女がそう言うと何故か嘘ではないと思ってしまう。
そして何より信じられないのは彼女の話に聞き入ってしまっていることだ。
どうせ他人になるのだから聞き流せ、という自分と、長い間の孤独を少しでも埋めたいという自分。
ジレンマ。こんな感情さえ捨ててしまっていた数年間。コランダムの声という音で少しずつ何かほどけていくような
感覚に紅は戸惑った。こんなに感情が動くのは数年ぶりの他人だからか、それとも彼女だからこそか。
藍色がまた脳裏でちらついた。
「小さい頃、父ちゃんも母ちゃんも死んじゃって、1人でどうしようもなくなってたとき
拾ってくれたのは『あいつら』やけど…それも最初からあたしの力ば利用するためだったったい」
拾われた後数年こそ普通に育てられていた。1日3回の食事、定期的に訪れる遊び相手。
組織の施設内もある程度は自由に歩き回れたし、組織の人間が何をやっているか知らなかったにせよ、
親切な人たちと思っていた。しかしだだっ広い水槽みたいな部屋に軟禁され、妙な器具をつけられたり
何か変な味の飲み物を飲まされたりした後限界まで力を使わされ、泥のように眠る毎日が始まったのは何年前からだろうか。
自分の力で見たものを、利用されていると知ったのはいつだった?かなり前のことだ。
「おっきい力は悪いことに使っちゃいけんって、父ちゃん母ちゃん言っとったの思い出したったい。
だからあたしはもう『あいつら』にこの力ば利用されないよう、やっとの思いで逃げてきたとよ」
拳を握り締め、唇をかみ締める。もうたくさんだ。自分の力によって不幸になっていく人を、
もう見たくないし増やしたくもない。
「…あんたは半ば巻き込んでしまったし…けじめばつける意味で、全部今話させてもらったったい」
話すコランダムの瞳は相変わらずの深い藍色だった。やはりふと気付くと見てしまっている色。
こっちを真っ直ぐ見ている。けれど、よく見れば、
足が震えていた。
両手は服を固く握り締め、震えるのをこらえようとしているように見える。
(怖いの、か)
力を持っているからと、拒絶されるのが。
この時、拒絶してしまえるのならしてしまえば良かったのだ。
なにもこんな厄介事のタネを進んで抱えこむことなどないのだから。
しかし、紅は拒めなかった。彼自身、拒絶されることの辛さを知ってしまっていたから。
だったらどうする?もう自分がどうしたいのかわからない。まったく考えが整理できない。
目茶目茶だ。破裂しそうだ。そんな頭の中と裏腹に、気付いたら、口から言葉は滑り出してしまっていた。
慰めの言葉?本当に自分はどうにかなってしまった。あの藍い目にあてられた。
泣く彼女を見たくないって?何考えてる、くそ。
「君はただの、大怪我している大喰らいの居候」
「へ?」
拍子抜け。いかにもそんな感じの声をコランダムは発した。
なにやら複雑な顔をしている紅から発せられたその言葉を頭で反芻して、
やっと理解して、その顔をくしゃくしゃに歪ませて、泣きそうな声で笑った。
「あたしは大喰らいなんかじゃ、なかとよ!」
晴れた高い空に声が響いて消えた。
