「『サファイア』、足りない薬草があるから採ってくる」

「わかったとよ」

「くれぐれも薬棚には触らないように」

「え?なして?」

「君が触ると良く無い気がするから」

「!!!なんねそれ!!」



 いのちのうた。 4.軋み



「あいつ、最近一言多くなったんじゃなかと?」


居間の椅子に、ちょっとしたイライラに任せてぞんざいに座る。
紅はまだ完全じゃないと言ったが、紅の薬はとても質がいいのか、
しかもサファイア自身の生命力も相まって、
いつもに比べてずっと治りが早かった。余程激しく動きでも
しない限り、傷が開くことはなさそうだ。
だから傷のことはいい。傷のことはいいのだ。しかしサファイアは今
別に大問題を抱えていた。彼女にとっての死活問題。


「暇、ったい!!」


そうだ。暇だった。
普段は紅がいるから良かったのだ。本を読んでもらうか、
紅がしている薬草等の調合は単調そうでいて実は眺めて
いると面白く、それを見ているか、あとは食べるか寝ているか で一日が終わっていたのだ。


(大食らいの居候・・・あながちまちがってないかもしれんね・・・)


大変不本意ながらそう納得せざるを得ず、サファイアは
溜息を吐いてテーブルに突っ伏した。木のにおいが香る。
紅がいないのでは本も読めない(しかも実は大部分が薬学だとか
古い伝承がどうのだとかなんだか知らないが難しい本の群なのだ)。
片付けや掃除をするにも普段から整理整頓が行き届いた、物が少ないこの
家ではやることは皆無に等しい。本当に、やることがない。


(かと言って寝るのも飽きたし、勝手にでかけたら紅、きっと  怒るに決まっとる)


どうしよう。本気で悩み始めたサファイアの目に、ふと違和感が灯った。
この部屋のどこかが昨日と、何かが違う。
立ち上がってぐるりと見わたすと、物置部屋の近くのタンスの上に、
伏せられた写真立てのようなものがあった。わざと伏せたのか、
わざわざ脚も閉じてある。


(あれ、昨日は無かったはずとね?)


一度気になると、気になって仕方がなくなる。
タンスに歩み寄って、サファイアはその写真立てを裏返した。
随分年数が経っている。元々セピアの色合いだったのがさらに
色が薄くなり、ところどころ何が写っているかわからないくらい
古い写真。けれども、真ん中に写っている少年には見覚えがあった。


(紅!・・・これ、紅の昔の写真ったいね)


緊張しているのか、真っ直ぐ気をつけをして直立不動だ。微笑ましい。
両隣に大人の男の人が立っているが、顔の辺りはかすれてはっきり見えない。
でも片方の人は、誇らしげな表情を浮かべて紅の肩に手を置いているから、
もしかしたら父親なのかもしれない。


(・・・)


サファイアはそのまま写真立てを置いた。
写真。思い出。そんなものを残すことさえ、自分たち家族は
出来なかったことを思い出す。自然、正直な気持ちが口をついて出た。


「いい、な・・・」


すると、先程は気付かなかったが、写真立ての裏から
古い紙がはみ出していた。どうやら写真の後ろに入っていたようだ。。
そっと引っ張り出してみると、紙が古くなったせいか端々は
くたびれていたが、それはきちんと折りたたまれている。


(なんか、書いてあると)


広げる。サファイアでも読める簡単な文字の連なりだ。
子供特有の丸みのある文字。
けれども、そこに書いてあることは。


「・・・こ、れ」


『これからのぼくへ。
 もうひとはしんじない。しんじちゃいけない。
 ぼくはこれをかきながらちかう。
 だから、なんねんかさき、もしかしてきをゆるすことが
 あるかもしれないとき、いましめのためにこれをのこします。
 もう、おなじまちがいをくりかえさないために。

 しんじて、そのせいで、くるしむことがないよう に 』


「血文字・・・っ?」


瞬間、『手紙』から濃厚な気配が
サファイアにぶつかるように、波のように押し寄せてきた。
気配。・・・『過去のにおい』だ。時間を超えたものを
見るとき特有の、その時間のにおい・・・。
これを感じることが出来るってことは。


(ちから、何時の間にか・・・戻ってたとね・・・)


もうぱっと見るだけで、この『手紙』には紅の、深い過去が眠っていると
わかってしまう。それも、これは、『隠したい過去』だ。そういうにおいがする。
幾重にも分厚い布で包まれて無理やり押し込めている、そんな過去。


(紅の・・・・・・)


ずっとここにいるのか、と何気なく聞いた時があった。
紅は何も言わなかった。その質問さえなかったように、
表情すら1ミリの変化もなかったのを、はっきりと覚えている。
明らかに聞かれたくないことなのだろうとわかってはいた。
よくないことだ。こんな覗き見みたいなこと、しちゃいけない。
あの紅がこんなにも隠したい過去をえぐるようなことは、ダメだ。
サファイアは首を振って、手紙も写真立ても元通りにした。

『もうひとはしんじない』

でもどうしても、その一文が心にこびりついて離れなかった。

だから。

あたしはまたこの『手紙』に触れている。

今は夜だ。紅も薬草採取から帰ってきていつもどおり傷薬の
調合と夕飯、読めない字がある本を読んでもらったり、
なにもかも普通どおりに過ごした。
サファイアは嘘をつけない性質だったから、もしかしたら
紅には何かしらばれているかもしれないという不安もあったが
今はそれを覆す感情が胸で渦巻いていた。

『もうひとはしんじない。しんじちゃいけない。』

じゃああたしのことも、もしかして信じてないのだろうか。
今も?心がざわざわした。傍にいる、大丈夫と言ってくれた
あの言葉は嘘だったのだろうか。


(・・・あたしは)


そのざわざわとした掴みどころのない感情が、
サファイアの心の中のかせをあっさりと外してしまった。
そのまま『手紙』の中を透視し始める。
『あんたは、本当はあたしば、信じてなかった?』
ただそれだけは、どうしても知りたくて。


『父さん・・・どうして』


声が聞こえた。







――過去。



幼い少年が、煌びやかな装飾に彩られた廊下を駆けて行く。
目が覚めるような赤絨毯、宝石のようなシャンデリア、
美しい家具の数々も全てすり抜けて、ただひたすらに少年はかけていく。
直線の廊下の終着点、大きな扉だけを見据えて。


「!おお・・・間に合いましたか・・・!!」


「父上の容態は!?」

「・・・」


扉の前で右往左往していた痩せて頬のこけた老人に少年は
駆け寄った。しかし老人は言葉なく首を横に振るだけ。
少年の手に、力がこもる。


「とにかく、お入りください・・・貴方様が帰るまで、
 待ち続けると・・・っ言っておられ、ました・・・」

「・・・わかった。わかったから、じい。お前はもう休め。
 誰も咎めはしないから」


涙し、言葉詰まる老人の肩に手を置いて、少年はできる限り
感情を抑えて言った。自分の声も震えそうだったからだ。
泣いてはいけない。僕は、人前で泣いてはいけない。
・・・民の不安をさらに煽るだけ。それが、僕のいる立場だから。
両開きの戸を音もなく開く。部屋の中は蝋燭の明かりのみで
ほの暗い。部屋の奥へと足を進めると、ベッドに横たわる人影を見た。


「・・・父さんっ!!」

「・・・来たか」


ベッドサイドに駆け寄って呼びかけた。目を閉じていたその人は、
少年の来訪で身体を起こす。
胸の辺りに、包帯がぐるぐる巻きになっていた。
変えたばかりに見えるが既に真っ赤に染まってしまっている。
その出血のせいか顔は白く生気が無い。いつも感じる父の気が、
全くと行っていい程感じられない。
ただ声だけは、覇気を失っていなかった。
無理に保とうとしているからかもしれないけれど。


「・・・俺も鈍ったものだな。・・・このような傷を
 受けることになるとは」

「父さん・・・っ僕が・・・ここに残ってれば・・・っ」


こんなことには。自分もその場にいて戦えたのなら。
そう続けようとして遮られた。


「もしもの話をするな。俺の油断が招いたことだ・・・
 お前は悪くない。お前はお前の役目を果たしてきたのだろう」


事は少年が周辺の視察に出ている間に起きたのだ。
少年の父が1人になったのを見計らったように何者かが
襲い掛かった。普段ならば敵ではないが、今回ばかりは違ったのだ。
その何者かが言った言葉が、明らかに戦況を変えた。


『お前の息子にも刺客を送っている。これ以上抵抗するなら息子を殺す』


(それを言えば、お前は自分を責めるだろうな)

「俺の落ち度、その結果が招いたことだ」

「嘘だ!父さんは強いんだ!誰にも負けないくらい強い!
 そんな父さんが負けるなんてありえないよ!汚い手を使われたんでしょ?
 そう言ってよ、父さん・・・!!」


泣きじゃくる息子に、『父』は静かに言った。


「いいか。いつか守りたいものができたら、それを全力で守れ。
 その為であるなら・・・地位など捨ててもかまわん」


俺の跡を継ぐということに執着するな。
それが父の最期の言葉だった。


それから、少年は、怒涛の1年を過ごすことになる。



「こんにちは、陛下。我々はクーデターを起こします」


父が亡くなって次の日、朝目覚めると、喉元に真剣を突きつけられていた。
にこりと穏やかな微笑を浮かべているのは、この場所で『王』つまり少年の
次に権力の強い大臣だ。甲冑に身を包んだ兵士をたくさん引き連れて、少年の
部屋を包囲している。無駄に装飾の煌びやかな服の裾をずるると引きずりながら
大臣である男・・・はげ頭と豊かなひげを持ったそいつは、形式だけの礼をした。


「貴様・・・父に誓った忠誠を破るつもりか!!」

「めっそうもない。私は先王に深い深い忠誠を捧げておりますとも」

「・・・これはなんの真似だ」

「・・・あなたは聡明なお方だ。聞かずともお分かりでは?」


人の良い微笑みを絶やさぬまま、男は自分のひげを撫でた。
少年が紅色の瞳で男を睨みあげると、男は大げさにおお怖いとのたまってみせる。


「先王とあなたは別物ですよ。その、紅の瞳。・・・つい3ヶ月程前でしょうか?
 異郷より来たりし者が伝えた世界の真なる教えは、あなたのような、特異な外見をもつ者
 を異分子とみなしています。私は奇跡に感謝しました。この他国と断絶され孤立した国に、
 この大陸の真を伝える教えが届いたのですからね。私は密かにこの素晴らしい教えを
 広げていたのですよ。偉大なる先王の政のその下で、今このときのために」

「まさか、・・・」

「そのまさかですよ、陛下。先王を襲ったのは、私の手のもの。王を亡き者にすれば、そして
 この素晴らしい教えさえあれば、あなたをも正当に処刑でき私が権力を握ることができます。
 城に留まらず、教えは都にどんどん浸透しておりますよ。いずれこの国全てに伝わるでしょう。
 逃げ場はありません。卑しくも偉大なる先王の血をひく紅の異形なる者『ルビー』、お前には
 ここで死んでもらおう。心配はいらない。この国は、私が貰ってやる」


 化けの皮が剥がれるとはこの瞬間を言うのか。穏やかな微笑みは崩れ去り下卑た笑いが顔を出す。
 目は権力にくらみぎらぎらと輝き、興奮したのかその頬は上気して赤い。鼻息荒く、
 男は周りの兵士に命令を下した。周りからいっせいにレイピアの雨が降り注ぐ。『ルビー』はベッドの上から素早く
 転がり落ち避けたが、ひとつは避けきれずに右腕を裂いた。焼ける痛みが体を電撃のように駆ける。


「く・・・っそおおおおおおおお!!!」


 斬られた傷を抑え、絶叫しながらルビーは部屋の窓を蹴破った。何もはいていない足にいくつも裂傷が
 浮かび上がって、血が飛んだ。それにもわき目をふらず、一心不乱に敗れた窓から外へ飛び出す。
 後ろからあの男が早く殺せだの喚いているのが遠く聞こえる。甲冑がガッチャガチャこすれる音も聞こえる。
 無意識に歯をかみ締めた。


(あんな。あんなやつを見落としていたなんて。この城にのさばらせてしまっていたなんて!!!)


 心は正直に泣き叫んでいる。悔恨の気持ちがぐるぐる胸で暴れまわって、目はちゃんと前を
 見ているはずなのに何も見えなかった。逃げなければ、殺される!!例え父から武術を習い、
 周りの大人よりずっと強くても、それはあくまで1対1の話だ。大人数の兵士相手に立ち回れると
 思うほど、自分の力を過信してはいない。ましてや利き腕を負傷してしまった以上、捕まれば
 待っているのは、即、死だ。


(いやだ。死にたくない・・・!!)


「陛下!ルビーさま!」


「!」


 窓を飛び出して城の裏手に駆け込んだところで、橙色が目の前に飛び込んできた。
 急に止まれず、その中に飛び込む形になる。それは人だった。
 昨日父が亡くなる直前会った、じいだ。
 じいはお静かに、と言うとルビーを近くの大きな茂みに自分ごと押し込んだ。
 息を潜めていると、甲冑の兵士たちが茂みをそのまま通り過ぎていく。


「じい、お前は」


「ああ、ご無事でしたか・・・!!」


 じいに力いっぱい抱きしめられたので、ルビーは言葉の続きが言えなくなってしまった。
 お前はあの男の言う教えとやらを信じたのか、と。
 しかしこの様子では大丈夫のようだ。鼻水までたらして泣くじいを、ルビーはなんとか
 落ち着かせた。


「この城のほとんどの者は既にあの男の息にかかっております。かくいう私も
 あの男に殺されるところでありました・・・なんとか逃げ延び、ここで身を隠して、
 城外に逃れる機会を伺っていたのでございます」

「そうか。よく無事でいてくれた。・・・これからやるべきことは・・・
 まず城外に逃げる。追っ手から逃れながらでは難しいかもしれないが、
 味方を集めて・・・やつを討つ。父上の跡は僕が継ぐ・・・あのような
 輩をいつまでも、国の頂点に置いておくわけにはいかない」


 これは確かな意志だった。父は執着するなと言ったが、あの男が
 王座にいることは極めて不自然であるし政がただの権力の乱用に
 成り下がることになるのだ。父の志を一番多く継ぐ自分が、王にならなければ
 誰が王になるというのだ。
 じいはまたおいおいと泣き出した。歳だろうか、涙もろくなってきている気がする。


「なんと・・・なんと立派になられたのでしょう!幼いながら既に王たる
 器を持っておられます。教育係としてあなたさまに就いて・・・
 これほど嬉しいことはありませぬ!」

「じい・・・」

「本当に無事でよかった・・・このじいの誇り。
 長年育ててきたあなたさまを・・・」


 ひゅん。
 銀色がひらめいた。
 ぶつ、という音が耳に飛び込む。ぱ、と血しぶきが飛んで、
 ルビーは目を見開いた。

 嘘だ嘘だろう?嘘だといってくれ。誰かこれが夢だと証明してくれないか。


「あなたさまを、この手で殺めることができるのですから」


 細身のナイフが、ルビーの左肩に食い込んでいた。









      

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