紅色は少しずつ、確かに光を見つけてた。



 いのちのうた。 9.目覚め



「これじゃあさしずめ僕は悪役かな。気に入らないよ、『紅君』」


声がして、はじかれたように振り返ったその向こう、部屋の入り口の
扉に寄りかかるクォーツがいた。赤い瞳は光を湛えたまま細められている。
髪も、服も全て白いクォーツの中で、その赤い瞳は妙に目に付いた。
この男が、と、紅は無意識に拳を握り締めていた。
対してクォーツの赤い瞳には、色が抱かせるイメージとは真逆にどこまでも
冷たく、しかし隠し切れない怒りがにじみ出ているように見える。


「それなりに、ここ最近君が、どう過ごしてきたのか調べさせてもらったよ。
 ・・・残念だけど、・・・コランダムが今心を開いてるのは、
 僕より君・・・の、ようだね。どうやら」


言葉の端々に含まれた威圧が背筋に刺さってくるようで、サファイアは
自分の肩の震えを抑えることができなかった。ガラス越しでさえ
こんなにも痛いのに、その威圧の対象者でない自分でさえ怖いのに、それが
向けられている紅にはどんなプレッシャーがかかっているんだろう。
これが、本物の殺気というものなのか。


「でもね・・・正直言うと、君みたいな存在って邪魔なんだよ。
 コランダムには、僕しか居ない。僕が全て。どんなに他の誰かに
 縋ろうったって、彼女の力を異端として近づく人は誰も居なかった。
 僕だけだったんだ。今までずっとそうだったしこれからもそうなるべき
 不変の事実。そこに、君みたいな異分子に入ってこられたら、困るんだよ、ね」

「・・・」

「だからさ、ここで死んでもらおうと思って。
 僕の部下、皆倒されちゃったこともあるし、君が生きてると僕にも
 コランダムにも色々と不都合なんだよ。どう?大人しく殺されてくれない?」


ふと見れば、本当に息が止まりそうなくらい不安な顔をしているサファイアが
居て、紅は自然に、本当に自然に笑いかけた。答えはもう出ているのだ。
視線の隅に彼女が何か話しているのが見えたけど、・・・大丈夫だ。
これが最後ではない。僕はこれで終わらない。だから、彼女との会話も、
・・・きっと、これが最後じゃない。

未来なんて今まで望まなかったし今も僕の中で全然掴みどころが無いものだ。
でも彼女が居るのなら。多分、未来というのも悪くないかもしれないから。


「断る」

「へえ?」

「彼女は彼女だ。それが、僕にとっての『不変の事実』だから」

「自分から追い出したくせに、よくそういうことが言えるね」

「全部償う覚悟は出来てる。・・・彼女は、返してもらうよ」

「・・・・・・いやだ」


風を切る音が耳を刺し紅はその場から跳躍する。遅れて硬質な金属音が
響いて紅が先程までいたところに針状の武器が何本も刺さった。
たん、と着地したところに続けて同じような武器が放たれ、紅の左の頬と腕を裂く。
小さく散った血しぶきが白い床に点を描き、その時ガラスの向こうの気配が
揺らぐのを感じた。サファイアだ。分厚いガラスの向こうに彼女を置いたまま
戦うのは息苦しさを、(彼女が閉じ込められたままだという事実から)感じたが、
あのガラスの向こうは今この場において一番安全な場所のはずだ。
彼女が傷つかないですむという条件を満たす、確実な場所。
だから振り返らない。彼女をそこから助け出すために、

僕は今「前を向いていなければならない」んだ。

頬に伝った自分の血を親指で拭いさると、床を蹴りクォーツとの距離を一気につめた。
瞬間クォーツは纏うショールの中から両手でナイフを取り出し、そのまま交差
させて投げつけてくる。それをかがんで避け、床に手を着いて両足で蹴り上げた。
くぐもった声をあげて吹っ飛んだクォーツだが、空中でくるりと回転し着地と同時に
跳躍した後先程と同じようにナイフを数本投げつけてきた。
横様に飛んで避けた紅にクォーツが迫る。ナイフはフェイントだった。
振り下ろされた刃は、紅の突き出した腕に抵抗無く沈んだ。
じわじわと、赤色が染み出して紅の服の袖を染め上げる。


(致命傷は避けたけど)


まずい避け方だったな、と頭のすみっこで考えながら紅は冷静に
クォーツの腹に膝蹴りをお見舞いした。くは、とクォーツは声にならない悲鳴を
あげたが紅の腕に沈み込ませたナイフは手放さない。両手で持ち手を握りこみ、
くず折れそうだった膝を叱咤して、見開いた目をそのままに、しっかりと立って
至近距離の紅を睨みつけた。


「・・・ホントに、君は彼女を受け入れられるの」


ぽつり、とクォーツの口からこぼれ出た疑問。
それはとても静かな音だったのに、とても大きくその部屋に響いた。



「ねえ、紅君。君は・・・彼女が。コランダムが、大量殺戮を
 していたとしても・・・?彼女を受け入れられるのかい!!」



サファイアのほうから、え、と声がした。いや、そう言ったように見えただけだ。
クォーツからは、そうやって、わけがわからないといった顔のサファイアがよく見えた。
紅は、振り返らない。


「・・・」

「コランダムが数日間身を寄せていた森の集団・・・あれ、僕たちが
 殺したんじゃないよ。確かに・・・彼女に追っ手は差し向けたけど。
 でもね、その追っ手すら帰ってこなかったよ・・・この意味わかる?」


紅はクォーツを睨みつけた表情を崩さず、腕に突き刺さっているナイフを掴んだ
ままの彼の腕をとって、殴りつけた。クォーツが少し吹っ飛んだ。
刺さったままのナイフを乱暴に抜き取ってその場に捨てる。
何故だか胸の奥底から怒りがこみ上げてきてたまらなかった。やつは何を
言おうとしている?殺したのは組織じゃない?その組織の追っ手すら
帰ってこなかった?それらが符合させる事実は。


「彼女だよ。コランダムの力が・・・森を焼いて、森に居たあの集団を
 殺して、追っ手も全部焼き払っちゃったんだよ。追い詰めて目覚めさしたのは
 僕の部下みたいだけどね。普段は千里眼とかそれしか力は表れてないみたいだけど、
 彼女の奥に眠る本来の力は、国を滅ぼすことが出来る力さ・・・なんったって
 『空白の100年』の遺産なんだからね!!」


クォーツは、今なんて言ったの。殺したのは、組織のやつらじゃなくて、
あの森に居た皆を殺して、焼いて、森まで焼き尽くし、組織の追っ手も殺した
のは、あたし?

あたしの、この力が?

あたしの力が!


「嘘!嘘ったい、あた、あたしが殺した、なんてそんなこと、そんな」


途端フラッシュバックする過去の映像。紅の小屋で目覚めた時にすら
思い出さなかった光景、いや、忘れたくて無理矢理奥に押し込めてたのかもしれない、
みんなからちょっと離れた時だったんだ、あれは。追っ手が来てた。
もう連れ戻されたくなかった、力を悪用されることに耐え切れなかった、度重なる
実験が死にそうなほど苦痛だった、だから逃げた。でも大人の足から逃げ切れるわけが
なくて、あたし、あたしは、ただ、あの瞬間、

『全部、なくなれ』

そう願ってしまった。その瞬間、炎が、周りを全て焼いた。
それが、あたしの力?


「わかる?コランダム。君は力を持つ限りそれから逃げることは出来ないんだ。
 外は君を疎み続けるだろう。危険だからね。でも・・・ここには君を疎むものはない。
 誰も君を責めない。行こうよ・・・力を持つだけで、得意な外見をもつだけで、
 全て切り捨てて差別するこの国を一緒に壊そう・・・君の力があれば出来るよ。
 それが僕の望みだった。僕はここに居る。決して君を見捨てたりしない」


『コランダム』


その呼び名が、ガツン、と脳を揺らしたように感じた。
罪も無いみんなを殺した。自分が居たために両親は病で死んでしまった。
そう、自分はずっと疎まれて差別されて生きてきた、この力のために。
全て、悪いのは周りの大人たち。この国だ。
クォーツはそう語ってる。やっぱりあたしは、『コランダム』、なのか。
力を、罪を持った。
つぎの瞬間、一瞬静寂に包まれた白い部屋に、大きな声が、こだました。


「君はコランダムじゃない・・・サファイアだ!!」


サファイアも、クォーツも目を見開き、はじかれたように紅を見た。
紅の目には怒りが宿っている。クォーツはその瞳に気圧されて、言おうとした
言葉も飲み込んでしまって、声が出なかった。


「彼女が殺した?そう追い込んだのは誰だ。
 それに、お前が彼女に求めているのは存在じゃなくて、力じゃないか。
 サファイアは兵器でもなければ、お前の野望を満たすための道具でもない!!」

(・・・『ルビー』)

「力を持とうが持つまいが・・・サファイアは、サファイアだ!
 彼女を、お前のエゴに巻き込ませたりはしない!!!」


サファイアの、藍色の瞳から、一筋雨が降った。



「なんで?なんで受け入れるのさ。なんでそういうふうに見れるの」


表情を失ったクォーツが呆然としてたずねると、


「失ったものを、教えてもらったからだ」


そう言って、紅は、凛とそこに立っていた。
 


      

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